その1、その2、その3、その4はこちら。
さて、これまで、「変化を慈しむ心」をテーマに、四季の変化、闇、死生観、と様々な切り口から見てきました。
これまで述べてきたことを整理すると、以下のようになります。
①「安定」や「永遠性」を求める(求めているように見える)人類が、「四季の変化を慈しむ」というのはそもそも不思議な話である。四季の変化なんてない方が過ごしやすいはずなのに、なぜ人類は(日本人は)、四季の変化を美しいと感じるのか。
②仮説として、「美しいと思わないと、生きていけなかったから」というのが挙げられる。
日本は災害大国であり、災害の多さを目の当たりにして「環境そのものを変えてしまおう(=自然をコントロールする、という発想。文明的アプローチ)」という気概が発達しなかった。絶対的な力を持つ自然を前に、「その環境変化を美と捉え、その変化の中でどう生きるか」という文化的なアプローチが発達した。(諦めの美徳)
③その具体例として、「闇」や「死」という、一見不便に見える環境や状況そのものを「美」と捉え、むしろそれらを積極的に人生に取り入れようとするアプローチが発展した。その美意識そのものが日本文化の本質であり、さらには現代に続くマニアックな日本文化(オタク文化、とも言われる)に繋がっている。
④ここ数百年の人類の文明発展により、環境問題をはじめとした様々な社会問題が起きていることは明らかであり、今後の人類の持続的発展のためにはそもそも、「不便さを受け入れる心」が必要になる。その時代において、日本文化が持つ「不便さそのものを美として受け入れる」という感性が社会問題を解決できる可能性を秘めており、世界を救う糸口を持っていると考えられる。
というのが、ざっくりしたまとめであり、「日本文化がなぜこれからの時代のお役に立てるのか?」という問いに対する私の考えになります。
さて、いのちとぶんか社では上記のような考えを持ちながら今後もプロジェクトを行っていきたいのですが、その中で最も難しいと思う部分が、「美意識の革命を起こすこと」です。
繰り返しになりますが、「不便さそのものを“我慢”するのではなく、“美”として捉えてもらい、積極的に生活に不便さを取り入れてもらう」ためには、「不便さを美しいもの」として感じてもらう心理変容が必要なわけですが、正直、今の時代の美意識、美的感覚とは逆行していると感じています。
例えば、光と闇。
エンターテイメントパフォーマンスの業界においてはやはり、「光」というのは正義であり、暗い方が重宝される、ということは今の時代でもなかなかありません。(一時代前に比べると、幾分変化したように思いますが)
派手な照明、派手な演出をすることこそが美(ないしは権威)の象徴であり、いまだにそこは「足し算」の世界にように思います。
エンタメ業界に限らず、日常を取ってみても、「何かを加えることで付加価値をつける」という社会全体の嗜好は大きくは変わっておらず、「引き算をすること」は、どうしても「我慢」に結びついてしまうんですね。
(このあたりの背景は、そもそもの資本主義社会のシステムとも密接につながっているように思いますが。長くなってしまうので詳しくはまた何かの機会に)
しかし、不便さを受け入れることが「我慢」になってしまうと、大きく、かつ継続的な活動を生み出すことはできません。
「我慢して受け入れる」のではなく、「美しいから積極的に取り入れる」という心理・行動変容を起こさないといけない。つまり、社会全般に向けて「美意識の革命」を起こさないといけないわけですね。
そのために、何ができるか。
そのヒントの一つに、「和楽器」や「日本の文化の数々」があるのではないかと思っています。
和太鼓をはじめとした和楽器、能、茶道、生け花、さらには昔ながらの日本家屋、建築。
これらには多分にして「ヒキの美学」が含まれており、その飾らない美は、これまでも人々の心を捉え、感動を届けてきました。
いわゆる、幽玄、質素、そういったワードに結びつく美学ですね。
そういった美を現代に呼び起こし、人々が心の底から感動するものをつくる。
そして、それを自身の生活に積極的に取り入れたい、という流れをつくる。
それによって、世界に「変化を慈しむ心」「不便さを享受する心」を拡げ、環境問題をはじめとした社会問題への糸口をつくりたい、というのが本稿の意図になります。
果たしてそんなことが可能なのか。
「美意識の革命」は今後起こり得るのか。
答えはまだまだ分かりませんが、私個人として、そして、いのちとぶんか社として、引き続き様々なチャレンジを続け、作品を生み出していきたいと思います。
さて、「人間はなぜ四季の変化を慈しむのか?」という問いから、だいぶ遠いところまで飛んできてしまいました。
昨今では四季の変化も曖昧になり、予想できない災害も頻発しつつあります。
もちろん命の安全を第一に、「防災」を徹底しつつ、そんな地球の変化すらも「美」として受け入れる心の許容を持ちたいものですね。
以上、「美意識の革命」でした。
