Note

植物化する人類と、いのちとぶんか社の使命 その1

学生時代のとある授業で、とても印象に残っている言葉があります。

「植物は動けないんじゃない、動く必要がないんだ」という言葉。

植物は光と二酸化炭素さえあれば自分でエネルギーを作り出すことができるから、エサを探しに動く必要がない。

「動く」という行為はいってしまえば、エネルギーを自分では生み出せない生物に課された労働そのものであり、「動く必要がない」ということは自由そのものなんだ。

と、そんな話だった気がします。

人類はいま、限りなく植物に近づいていっているように思います。

正確には、「植物的自由を獲得しつつある」ように思います。

家の中でもオンラインで仕事はできるし、世界中の人と繋がれるし、食事も届く。

一個体としては昔と変わらず自分でエネルギーを生み出せないけれど、種全体として、「動く必要がない」というシステムを確立しつつあります。

ふりかえってみると、人類の歴史は「植物的自由」を獲得するための道のりだったようにも感じます。

恐らく昔は、動く原因そのもの(=欲、煩悩)を消し去ろうとしていたのでしょう。(今もですが)

仏教でいう悟り、煩悩を焼き払う、という考え方はまさに「欲(=動く原因となる衝動)」を消し去るという行為そのものであり、そうすると、極楽浄土とは、限りなく動く必要のない世界・植物のような世界なのではないでしょうか。

それが何かのきっかけで「煩悩を焼き払うことは難しい」と諦めたのか、テクノロジーの力を駆使して、「動かずして欲を満たせる状態」を作ろうと方向転換をしました。

その結果、様々なテクノロジー、サービスが生まれ、動かずして様々な欲求を満たすことができるようになりました。

実際「1日中、家から一歩も出なかった」なんてこともしばしば。

さて、そんな世界が良いのか悪いのか、果たして人類にとって幸せなのか不幸なのか、はさておき(ここでは議論しません)、少なくとも世界がグググっとそういう方向に向かう中で、いのちとぶんか社には何ができるか。

もちろん弊社は、「人類の植物的自由の獲得」に向けた新たなテクノロジーを開発、提供する会社ではありません。新たなAIサービスの開発や、食事のデリバリーサービスもやっていません。どちらかというと、それ(テクノロジーを基盤とした「人類の植物的自由の獲得」)に付随して起こる諸問題や、その先の未来に必要となるであろうことを考え、提唱する会社です。

この観点からどんなことができるか、いまどんなことを考えているか、深堀りしていきたいと思います。

(その2へ続く) ※不定期更新