Note

【Column】いのちとぶんか社が考える「共助」

【Column】いのちとぶんか社が考える「共助」

〈共助が重要だと思った経験〉 
 地震が発生したとき、「怪獣が自分たちの住んでいる家を壊しにきた」と思った。小学2年生の時の私自身の阪神・淡路大震災の記憶だ。その後、しばらく記憶が途切れる。母が寝室から玄関に向かう経路を確保し、脱出。マンションの10階に住んでいた私たち(母、姉、父は当時単身赴任で不在)は、階段で1階の駐車場まで裸足で降りたようだ。
 次の瞬間、聞こえてきた声は、ご近所のいつもエレベーターで会うと挨拶をしていたおばちゃんの声だった。「大丈夫~?」、その声で記憶が戻る。怪獣の出現による非日常から現実に戻ることができた瞬間だった。その後、別の階に住んでいたご近所のお姉さんが駆け寄ってくれ、袋の中に入った靴下を私たちに渡してくれた。1月の冷えた屋外でご近所の方が貸してくれた靴下が私たちの足を温めてくれた。  
 災害直後に、ご近所の方にもらった安心感。この原体験が共助の重要性を捉えている由縁だ。災害が発生しても大切な一人ひとりのいのちを守るためにまず、自分のことは自分で守る術を習得しておく「自助」は基本だ。そして、自分だけの力でどうにもならないときに手を差し伸べ合える「共助」は救助そして、心の安心にもつながる。

〈日常でとらえる共助〉
 普段生活していると、家と会社や学校を行ったり来たり。ご近所の方と挨拶を交わす機会があまりないかもしれない。どんな人が隣に住んでいるのか、把握していない状況が広がっているかもしれない。この環境下で災害が起き、自分自身でも気づかないほど心が動転している中で、ちょっとの知り合いの存在は大きい。

 いのちとぶんか社が大切にしていることは、ちょっと知っている、挨拶したことがある「ちょっとの知り合い」をいかにご近所の中で日常から創っておくか。濃密な関係でなくてもいい、毎日挨拶をしなければならないという約束ももちろんない。日常からちょこっと顔をあげて、周りを見渡し、どんな方が住んでいるのかな~と確認する。そして、お会いできれば、ちょこっと挨拶を交わす。その習慣が積み重なっていると、いざというときの支えになる。

〈最後に〉 
 ちょこっと挨拶を交わすそんな「ご近所関係」を創ることができるように、日々様々な地域に関わり、事業を行っています。このnote【Column】の記事では、地域で生まれている共助の場面や共助を創る一人ひとりの人生をちょこっと知るきっかけとなるようなインタビュー記事を今後掲載していく予定です。この世に生まれた大切ないのちをいかに人は生かし、その一人ひとりのいのちがいかに絡み合い(共助)、様々な人生の醍醐味(文化など)を生み出しているのか。皆さまの人生をそして日々の生活を共有し合える空間がまずはこの【Column】で創ることができればと思います。

 このnoteの記事を読んでくださったあなたの人生もいつか聴かせていただける日を楽しみにしております。

(葛西優香)